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自転車で感動を。―ローカルとグローバルの両輪でツール・ド・フランス制覇に挑む
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2023.04.04

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自転車で感動を。―ローカルとグローバルの両輪でツール・ド・フランス制覇に挑む

※経営共創基盤(IGPI)が運営するオウンドメディア「IGPI’s Talk」より転載

<登壇者プロフィール>

片山 右京 ジャパンサイクルリーグ(JCL)チェアマン
1992年に全日本F3000選手権でシリーズチャンピオンを獲得し、92年〜97年までF1にレギュラー参戦。日本人最多出場を記録。また、登山家としての顔も持ち、96年モンブラン、98年キリマンジャロ登頂をはじめ、7大陸中6大陸の最高峰を制覇。2001年にTeam UKYOを設立し、全日本GT選手権に参戦。2012年には自転車チームも発足し、国際レースへの参戦を開始。2020年JCLを設立しチェアマン就任。2022年には日本国籍のチームとして史上初めてツール・ド・フランスに出場を目指すJCL TEAM UKYO発足を発表した。

村岡 隆史 経営共創基盤(IGPI) 代表取締役CEO
三和銀行にて、プロジェクトファイナンス業務、M&A業務に従事。モルガンスタンレー証券を経て、産業再生機構に参画。三井鉱山、ミサワホーム、ミヤノ、ダイエー等の案件を統括。IGPI設立後は、数多くの企業の構造改革や事業再生に関わる他、中国・アジア諸国でのM&A・投資、成長戦略立案プロジェクトを多数統括。 INCJ社外取締役、新日本工機社外取締役、池貝社外取締役、元金融庁参与 東京大学農学部卒、UCLA 経営学修士(MBA)

世界に誇れる「自転車文化」を地域と共に創りあげることを目指して、2021年に誕生したジャパンサイクルリーグ(JCL)。プロリーグの運営以外にも、地域と協力して一般市民が参加できるイベントを開催するなど、自転車ロードレースを通じた地域創生や世界水準のチーム・選手の輩出に挑んでいます。JCLチェアマンの片山右京氏とIGPI代表の村岡隆史がJCLの活動や可能性について対談しました。

1人4役以上で自動車文化を推進

村岡 2年半前にJCL設立の相談を受けたとき、すぐに出資を含めて全面的に協力したいと思いました。なぜかというと、第1に自転車ロードレースは0から1を創るチャレンジだったこと。第2に日本には自転車に乗る文化が広く存在し、大きなポテンシャルがあること。第3が一番重要で、将来的にツール・ド・フランスでの優勝を目指せるということ。「日本人は体格で劣るが、大切なのは筋肉の量ではなく質。そこにチームワークが加われば、日本チームは絶対に勝てる」と明言されたのです。それを聞いて、経営面をサポートする役割をぜひ担いたいと考えました。

私たちが特にこだわったのが組織づくりです。他のプロスポーツでは、オーナー会議でなかなか物事が決まらない、選手の商標権が個別に管理され、リーグ全体で盛り上げたり海外に売り込んだりできないなどの弊害が見られます。JCLには、意思決定が迅速に進むガバナンスメカニズムとリーグの全体最適が実行しやすい中央集権型の組織にしてほしいとお願いし、実際にそうなっていると思います。

片山さんはこれまでどのような考え方で活動されてきましたか。

片山 自転車は世界的にポピュラーなスポーツですが、日本ではロードレース文化が植え付けられていません。そもそもモビリティとしての自転車のプレゼンスが低すぎます。道路交通法上で軽車両として定義されているのに、大人でもその認識がなく、信号や通行場所などのルールを守らない。子どもの自転車事故で高額賠償を請求されたなど、ネガティブな見方もあります。

こうした状況を変えるために、どう向き合っていけば良いのか。ゴールはまだないのですが、ひとまずできるのは、競技力の向上かなと。そこで、全国の自治体と一緒に町をスタジアムにして自転車文化を創出する活動をしたり、JCL TEAM UKYOをつくって海外に派遣する活動を始めました。

JCL TEAM UKYOは1つのアイコンだと捉えています。いつか必ず日本人がマイヨ・ジョーヌ(ツール・ド・フランスの個人総合成績1位に与えられるリーダージャージ)を着て、日本国籍のチームが勝つ日が来ます。そのためには、野球の大谷翔平選手のようなアイコンが欠かせません。

それだけでは足りないので、自転車やモビリティに関わる人を集めたシンポジウムを開き、現状や課題を整理して今後やるべきことを議論し、それを一般の人たちに発信していくのが次のアクションだと思っています。

そこで考えた施策を具現化するときに問題になるのが、決定機関と財源です。サッカー協会が株式会社Jリーグを立ち上げたのと同じように、自分たちもベンチャーのように株式会社JCLを立ち上げることにしました。JCL単体ではレギュレーションを整備しきれないので、課題や対応を検討するために、JCF(日本自転車競技連盟)、 公益財団法人JKA、自転車大会の主催団体などと新しい座組みを開設。法制面はNPO法人の自転車活用推進研究会や議員連盟などとも議論しています。

村岡 JCLは法律や社会認知度などのインフラ整備をしながら、リーグ運営やレースの開催を行い、さらにJCL TEAM UKYOという独自のチームコンテンツも高めていて、1人4役以上を果たしているベンチャー企業だと思います。世の中で、自分たちのビジネスを行うために法律制定を働きかける民間ベンチャーはそうそうありません。JCLはリーダーとして、社会を変えるチャレンジをしていますね。

幸せと感動がお金を生む好循環モデル

片山 私自身が価値を置くのは、いかに人を幸せにできるか。お金を稼がないと寝言でしかなく、何もできません。だから、会社としては稼ぎながら、みんながハッピーになれるために、自転車の抱える問題を解決する。そういうサードプレイスを創りたいなと。

村岡 人を幸せにしたり、人に感動を与えることがお金になることは、サッカーのワールドカップを見れば明らかです。感動がお金を呼び、そのお金がさらなる感動や人の幸せを生むメカニズムが成立している。自転車ロードレースの場合、もっと大きな仕組みができるかもしれません。なぜかというと、自転車はサッカーよりも身近です。テレビや競技場で観戦するだけでなく、自分でも楽しめるので、もっと感動を呼べるのではないかと期待できます。

片山 そうですね。ほとんどの人は自転車に初めて乗れた日、補助なしでペダルをこいで、ふわっと空を飛ぶような感覚を持った、特別な日があると思います。それから、自転車は時速50キロで走れば、ガソリンを1滴も使わずに4時間で名古屋まで行けてしまう。そこにモーターでアシストがつけば、荷物を運ぶ、人を大勢運ぶなど、さらに選択肢が広がります。自分も健康になれて、エネルギーや環境問題にも寄与する。世界的にモーダルシフトが起こる中で、自転車には大きなポテンシャルがあります。

村岡 私は去年8月に和歌山県古座川町で人生初めてロードレースを体験したのですが、人間の身体は化石燃料に頼らなくても、30キロ以上を走破できるのだと実感しました。しかも、乗った後は最高の心地良さを感じました。今の時代、SDGs(国連の持続可能な開発目標)や環境にやさしいことがキーワードとなっていますが、片山さんから見ると、ようやく時代が追い付いてきた感覚ではないでしょうか。

片山 時代が追いついたというより、地球環境が壊れて必要に迫られているのかもしれません。ただ、環境問題の話ばかりでは面白くない。それ以外の領域でも、自転車は微力だけど役に立てると思っています。

たとえば、自転車に乗っている人はうつ病になりづらいそうです。自転車をこぐと体温が0.5度上昇して脳が活性化するほか、坂道でギアを変えるなど、いろいろなことを無意識で行うので、良いホルモンが出るのだとか。

また逆説的ですが、人が幸せになるためには、苦しみも必要です。自転車で坂道をふうふう言いながら登るのはばかげていますが、登った後には達成感がある。自信を失っている人でも、自転車でヒルクライムに行けば、帰るときには「自分にもできる!」と思えるはずです。

村岡 確かに、私も最後まで足をつかずに山を登り切れたことが自信になりました。ロードレースの別のプラス効果として、地方を活性化できることもあると思うのですが。

片山 そうですね。地方は過疎化など問題点ばかりですが、自転車は交通量が少ない地方のほうが道路使用許可などをとりやすく、親和性が高いと思います。

これまでも人口が流出している地域でイベントを開いて、交流人口を増やそうという試みが行われてきましたが、それだけではもったいない。この間、あきた男鹿半島なまはげライドのコースを走ったのですが、達成感だけでなく、その先にその場所でしか見えない景色があって、これは商品化できると思いました。

ただ湖を周回するだけのロードレースでは、箱物をつくるのと変わりません。大事なのはそこに感動する要素をどうくっつけるか。日本には人の心を強烈に動かせるものが豊富にあります。男鹿半島の例で言うと、なまはげは鬼だと誤解されていますが、実際には神様だとガイドの人から聞きました。寒くて囲炉裏で長く火に当たっていると手足に「なもみ(火斑)」ができてしまうので、怠けてはいけないと叱咤激励してくれるんだと。そういうストーリーがあって、素晴らしい景色が加われば、記憶に深く残ります。

村岡 スポーツの感動は競技場の中に閉じていることが多いのですが、競技場を持たない自転車のロードレースは、その地域全体の文化、歴史、自然も含めてすべてを感動とつなげられる。そこは他のスポーツと違う要素ですね。

人間性が鍛えられるロードレースの魅力

村岡 JCL AWARDS 2022に出席して、他のスポーツとの違いを感じたのが、自転車選手がチームの垣根を越えて、しかもお互いの人間性を理解し合っているところです。ロードレースはチーム対抗ですが、チームを越えて集団をつくり、風よけをするなど役割分担をします。それを成立させるためには、自分の人間性を鍛え、お互いを理解し合う。それができないと、このスポーツでは強くなれないのだなと感じました。

片山 自転車のロードレースでは、確かに人間性は鍛えられます。エースのために自分の肉体を使い切るのは、精神力を伴っていないとできないことです。さらに、自転車の大きな集団(プロトン)は20チーム160人で移動するので、信頼関係がなければ、役割も戦略も成り立ちません。

それから、自分の役割を終えて足を使い切ったら、大きな集団からこぼれて、後ろにふきだまり(グルペット)ができます。グルペットの中では敵味方の区別なく、規定時間内にゴールできるように、お互いに助け合います。私が自転車というスポーツを本当に好きになったのも、そういう部分です。スポーツとして成熟されていると感じますね。

村岡 ルールに基づいて勝つために、チームを超えて協力するなど、人間らしい行為をしないといけない。それでチーム自体も強くなる。自己犠牲がチームの勝利につながり、かつ、それが感動を生む。ロードレースの裏にある人間的なストーリーを知れば知るほど、本当に面白いですね。

片山 ヨーロッパで自転車は「貴族のスポーツ」だと言われます。150年近く続いてきたのも、そういう崇高な思考でやってきたからでしょう。でも、日本にも武士道があります。たとえば災害が起きたときに、心を強く持って、他の人を助けたり、励まし合ったりします。自分は腹が減っていてもそれができるのは、この民族の強さだと思います。

村岡 JCLの選手を見ると、選手を引退した後も社会で様々な活躍できるポテンシャルを持っていると感じています。心身ともに鍛えられて、かつ、チーム精神が強い人は、どこの企業でもほしいはずです。

片山 精神的、身体的に鍛えているので、磨けば光る素材は多いのですが、アスリートは社会経験が少ないので、勉強不足のところもあります。私自身もオリンピックで初めて組織で働くことを学びました。そこは課題ですね。

ローカルとグローバルで両輪を回す

村岡 JCLの活動として、今後の最大のチャレンジは、感動をいかにうまくお金につなげて、かつ、将来の感動にいかに投資するメカニズムをつくるか。そのためには、国内のレース単位やローカルレベルと、日本の国レベルやグローバルという、両輪でお金を循環させていく必要があります。

地方で行われている個々のレースはすでに金銭的に自立して回っているかもしれませんが、さらにレベルを上げるために、もっとお金の単位を上げることにチャレンジしないといけません。

より難しくて重要なのが、国家レベルで自転車ロードレースのお金をうまく回すこと。感動をベースに国内のファンと、海外ファンの両方からお金を継続的に出してもらうメカニズムをつくる必要があります。自転車ロードレースのユニークなところは、海外の一流選手や一流チームが日本のレースに定常的に参加する枠組みを作りやすいので、海外ファンも一緒に呼び込みやすいと思うのですが。

片山 おっしゃる通りです。2022年11月23日に、GRAND CYCLE TOKYOレインボーライドというイベントが行われました。定員500人に対して倍率は398倍と、国内で20万人近い応募があったのです。ここにインバウンドが加われば、化け物イベントになります。東京都知事が言うには、日本は大きな船なので帆先を変えるのに多少時間がかかる。でも、東京が変われば、日本が変わると。そうなれば、世界への発信力も強まります。

サッカーのJリーグは国内チームに外国人の監督や選手を積極的に登用して、競技力を高めました。JCLもそれに倣って日本チームや選手の底上げを図ろうと考えています。日本のロードレースにアジアのチームを招聘し、将来的には欧米と対抗するようなアジアリーグをつくってみたいとも思っています。

村岡 20世紀は自動車の時代でしたが、21世紀は自転車の時代が来るのではないでしょうか。そうした時代を生きる若い読者向けにメッセージをお願いします。

片山 SNS(交流サイト)の時代のせいか、人の目を気にしすぎて、自分を大きく見せようと虚勢を張ろうとする人がいますが、それではコンフリクトを生むだけです。お互いにかばい合い、譲り合う気持ちがなければ、解決できないことはたくさんあります。

大切なのは自分に自信を持つこと。自信がないなら、一度自転車で山に登って、子どもの頃を思い出してみればいい。そして今日から、向上心を持って努力していく。模索しながら前に進み、共に創っていく社会になればいいと思います。